ひとりの天才による世界の解釈『ぼくには数字が風景に見える』感想レビュー

共感覚という特異な才能が教えてくれる新たな視点

数字が風景に見える。そのフレーズをはじめて見たとき、物語のタイトルを詩的な表現にしたものなのかなと思っていました。しかし本を手に取りページをめくると、すぐにそれは比喩ではなかった事に気がつきました。『ぼくには数字が風景に見える』の世界は、その著者であるダニエル・タメットさんにとって、その言葉どおり、まさに現実そのものだったのです。

ダニエル・タメットさんが語る『ぼくには数字が風景に見える』は、彼自身の半生を描いたノンフィクションの手記です。サヴァン症候群とアスペルガー症候群、そして共感覚を持ち、生まれつき「普通」とは異なる視点で世界を感じ取ってきた天才。自身の「頭の中」と「心の内」を細やかな言葉で紡ぎ、彼の感じる色彩や形、数字の持つ個性などが丁寧な描写で綴られています。

10か国語を自在に操り、約22,500桁もの円周率を暗唱する天才青年ダニエルにとって、数字は単なる記号ではなく、それは動き、形を持ち、色を放ち、時には音楽のように響きます。たとえば、彼が円周率を暗唱するエピソードでは、数字が無機的な羅列から壮大な風景へと変わり、ひとつの物語を語る存在として映ります。数字が形、色、音、感触として頭の中で立体的に構築される彼の感覚。それは不思議でありつつも、じつに興味深いものでした。

この本は、彼の知性や感性の豊かさを垣間見るだけでなく、社会の多様性や「違い」に対する視点を広げてくれる、考えさせられる一冊です。「普通であること」が意識されるのは、「普通でない」とされる人と比較されたとき。彼が数字を色や音として感じる様子は、どこか「普通ではない」ということのほろ苦さや美しさを感じさせます。彼の独特な視点や経験は、私たちに「普通」という概念がいかに狭いものであるかを教えてくれると同時に、新しい世界観や人間が持つ感覚の驚くべき可能性についても気づかせてくれるかもしれません。

ぼくには数字が風景に見える:講談社文庫 

著者:ダニエル・タメット 翻訳:古屋美登里  解説:山登敬之(精神科医)

この物語は、超人的な能力をただ称賛するだけのものではなく、むしろこうした能力を持つがゆえの孤独と葛藤、そして自立への道を模索する姿が描かれています。自分を「普通」とは違うと認識すること、それを受け入れること、その中でどのように幸せを見つけられるか。そんな人間の普遍的なテーマが浮かび上がります。

「ぼくはサヴァン症候群だ。サヴァン症候群というのは、ダスティン・ホフマン主演の映画『レインマン』がつくられるまで、世に知られていなかった」

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映画「レインマン」では、サヴァン症候群や自閉症を持つ兄とその弟が旅を通じて互いを理解し合い、成長していく姿が描かれています。ダスティン・ホフマンはこの役でアカデミー主演男優賞を受賞しました。興味があればぜひチェックしてみてください。

サヴァン症候群は、音楽や数学、記憶力、絵画など特定の分野で驚くべき才能を発揮する一方で、その他の領域では発達の遅れが見られる状態なのだそうです。たとえば相手や状況に自分の行動を合わせることが難しいけれど、音楽の旋律を一度耳にしただけで覚えて再現したり、膨大な数字を記憶したり、複雑な数式を一瞬で計算する驚異的な能力があるなど。

「レインマン」の主人公レイモンドや著者のダニエル・タメットさん、彼らは計算や記憶といった特定の分野で天才的な能力を持ちながらも、日常のコミュニケーションでは困難を抱えています。感情を表現したり、他人の気持ちを理解するのが苦手なのですが、家族や関わる人々との交流を通じて互いに理解を深め、絆を築きながら成長していく姿が印象的に描かれていて、人間の多様性や個々の才能、そして支え合うことの大切さを教えてくれます。

そのサヴァン症候群を持つ人々に共感覚が見られる場合があるそうです。共感覚は、五感が互いに結びつき、ひとつの刺激が複数の感覚を引き起こす現象だそうで、たとえば、音に色を感じたり数字が色や形として見えるなど、サヴァン症候群の特別な才能を支える役割を果たしているとのこと。

そんな共感覚を持つダニエル・タメットさんが生まれたのはイギリスのロンドン。1979年の1月31日、水曜日。誕生日の数列を思い浮かべると、彼の頭の中では、浜辺の小石そっくりの滑らかで丸い形があらわれ、その日が水曜日だとわかる青い色をしているのだそうです。

そんなダニエルさんが語る数字の描写は、わたしの想像力を刺激してやみませんでした。彼にとって数字はいつもそばにいるかけがえのない友達で、数字ひとつひとつには「個性」があります。たとえば、1は「明るく輝く白」で、4は「内気で静か」、5は「雷鳴あるいは岩に当たって砕ける波の音」で、89は「舞い落ちる雪のように見える」といいます。数字たちが生き生きとした色彩や感触を持ち、彼に特定の情景を見せるらしいのです。

数字を見ると色や形や感情が浮かんでくるぼくの体験を、研究者たちは「共感覚」と呼んでいる。複数の感覚が連動する珍しい現象で、たいていは文字や数字に色が伴って見える。ところがぼくの場合はちょっと珍しい複雑なタイプで、数字に形や色、質感、動きなどが伴っている。

先にも少し触れましたが、心に残るエピソードのひとつ。あるイベントで、彼はじつに5時間9分という長い時間をかけ、円周率(π=パイ)小数点以下22514桁を暗唱しました。彼がπを暗唱している時、頭の中でその圧倒的な数列は、ひとまとまりごとに色や形、質感がメロディのように流れこみ、いくつもの層になりながら広がり、それはやがてひとつの国のような存在になるのです。その体験後のインタビューで、彼はモナリザの絵やモーツァルトの交響曲のように、「π」それ自体に愛される理由があると円周率の美しさについて語っています。

そして、その「数字の風景」を表現する彼の言葉は、ただ数字を説明する手段としてではなく、まるで絵筆のように数字や世界全体を描き出していきます。その描写ひとつひとつが映像として焼き付けられるようなリアルさを伴い、物語が進むにつれ、数字が静かに、しかし確実に形を変えていく風景となってわたしの目の前にも広がります。

たとえば、数字の中に隠された規則性を発見した深夜の光や、数列の果てにたどり着いた先に広がる静寂と穏やかさ。その中にある数字の風景は、記憶や感情、期待、恐れ、そして可能性や喜びといったさまざまな層を持ちながら重なり、まるで静かに流れる絵筆と色彩を重ねられていくキャンバスのように心を満たしていくようでした。  

さらに、10か国語を習得したその背後には、単なる言語学習以上の深い情熱が感じられます。数字の記憶を頼りに異文化の言語を学び、異なる国の人々との繋がりを築きたいという思いがあったのです。天才性を持つ彼に見えている世界は、まるで数学と芸術が融合したかのような感覚があり、その世界を決して自分だけのものにすることなく、豊かな言葉の表現や細やかな描写で読む人や聞く人へと届けようとする配慮が伝わってきます。それは文化や価値観を超えた深い理解と共感を生み出すものだと言えるでしょう。

彼の生きる道は、こうした特異な能力がもたらす才能というギフトと共に、アスペルガー症候群やサヴァン症候群であるがゆえに体験する疎外感や挑戦の連続でした。特別な才能が時に人々を驚かせ感嘆させる一方で、彼自身が感じた孤独感や、自分だけの世界に閉じ込められているかのような感覚は計り知れません。しかし、理解されない孤独を抱えながらも、それを乗り越え自分自身の人生を切り開いていくダニエル青年の力強い姿には、読む者の心を大きく動かす力があると思います。

この本を読み終える前には、数字と感情の結びつきがこれほど広大な世界を見せてくれるとは想像もしていませんでした。しかし、彼が数字や言語を通じてどのように世界を理解し、楽しみ、そして大切にしてきたのかという事実を知ると、その孤独さえも深遠な美しさを帯びているように映ります。

ダニエル・タメットさんが共有してくれた世界『ぼくには数字が風景に見える』は、身近でありながらも不思議な「数字」という存在に新たな光を当て、人間が持つ感覚の境界を広げてくれる一冊です。彼の物語は、「普通」や「常識」という価値観にとらわれず、独自の感性で周囲を見つめることの素晴らしさや新たな視点を教えてくれるものでした。

多数の困難を克服しながらも、自分の世界を人々と分かち合っていく喜びまでの道のり。共感覚や天才性が与えたギフトと、その裏にある課題にどう向き合ったか。彼の凛としたその姿勢は、私たちがまだ見ぬ世界、新しい未来の視点をより深く理解する手助けをしてくれるでしょう。

今この瞬間も、触れるもの、見ているもの、聴いているもの、起こっている出来事、そして数字そのものが何を語っているのか。この本を通じて静かに見つめ直してみるのも素敵なことだと思います。そして、ダニエルさんの心に触れるような気持ちでページをめくることをおすすめしたいです。

こちらは、計算や記憶など特定分野で天才的な能力を発揮するダニエル・タメットさんの日常を追った感動のドキュメンタリー映像です。

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DVD「ブレインマン ぼくには数字が風景に見える」は、世界40カ国以上で放送され、日本でもNHKで紹介され大きな注目を集めました。

ほか、著書の「天才が語る:サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界」「ぼくと数字のふしぎな世界」や、ダニエルさんをテーマにした記事なども多数あるので、さまざまな角度、さまざまな視点から彼の世界を知ることができます。