ぬか床は生きている。冷蔵庫で叶う「毎日混ぜない」気楽な付き合い方

ぬか床は生きている。冷蔵庫で叶う「毎日混ぜない」気楽な付き合い方。  毎日のお手入れは必要?長期留守にする時の保存法や、漬かりすぎた古漬けの美味しい食べ方など

毎日のお手入れは必要?長期留守にする時の保存法や、漬かりすぎた古漬けの美味しい食べ方など

白菜の古漬けを細かく刻んで、そこに擦りおろしニンニクと醤油を少々。仕上げに、真っ赤な一味唐辛子をパラリと散らす。

これは、私の実家の父が晩酌のあてとして好んで食べていたものです。今はお酒を控えているそうなので、もしかしたら古漬けのあても我慢しているのかもしれませんが、父の膳にはよくこの小皿が添えられていました。

一般的に「浅漬け」が漬けてから1、2日程度のものを指すのに対し、「古漬け」と呼ばれるものは3日から1週間ほど漬け込んだものを指すそうです。さらに本格的なものになると、数ヶ月から1年近く漬け込むこともあるのだとか。

そう考えると、父が好んで食べていたあの酸っぱい古漬けは、母が作った「本格的な古漬け」だったのかもしれません。

そんなことを思い出したとき、ふと疑問が浮かびました。「古漬けって、一体いつまで食べられるものなんだろう」。父がお腹を壊している様子はありませんでしたし、横からつまみ食いしていた私も、その独特の酸味と風味を「美味しい」と感じていました。

気になって調べてみると、塩分濃度を高めたり、空気を遮断したりといった工夫次第では、腐敗させずに1年近く保存できることもあるようです。「ぬか床は生きている」とはよく言ったもので、微生物のバランスさえ保たれていれば、野菜はずっとそこで姿を変えながら保存されるのですね。自分がぬか床をお世話し始めたからこそ、その凄さに気づくことができました。

ちなみに、母にも電話で「あの古漬けってどれくらい漬けてたの?」と訊いてみました。方言で得意げに答えてくれたものを通訳すると「いつまでも持つよ。1年でも2年でも、お母さんが漬けたらどれだけ経っても美味しい」と。これをさらに意訳すれば、「どの野菜をいつ入れたかなんて覚えていないけど、変な匂いがしてなくて、食べてみて美味しければ大丈夫。漬物上手なお母さんを褒めてちょうだい」といったところでしょうか。

なんとも大らかな回答ですが、あながち冗談でもないような気もします。実家の納屋にある漬物樽には、家族が食べるペースよりも明らかに多い野菜たちが眠っていたのですから。

さて、そんな母の背中を見て育った私ですが、自分でぬか漬けを始めるにあたって一番のハードルだったのが、「毎日かき混ぜなきゃいけない」というプレッシャーでした。でも、今の私のライフスタイルには、もっと気楽な付き合い方が合っているようです。今日は、冷蔵庫で育てるぬか床の管理と、どうしても家を空けなければならない時の対処法などについてお話ししてみようと思います。

「毎日かき混ぜる」という無言の圧からの解放

私が菌活を始めるために選んだ発酵食品が「ぬか漬け」でした。でも、「母のように毎日丁寧に手入れをしてあげなくては」という生真面目な思いが少し足かせになっていました。留守の母に代わって手入れしてくれる祖母のような存在もいない核家族の私にとって、「管理が大変そう」「旅行に行けない」「カビさせたらどうしよう」。そんな“毎日混ぜる”という無言の圧が、ぬか漬け作りの一番のハードルだったのです。

けれど、今の時代は「冷蔵庫で育てる 熟成ぬか床 」「3〜4日に1度かき混ぜれば十分」という、そんな便利な熟成ぬか床パックがあることを知って、どれだけ肩の荷が下りたことでしょう。

常温保存の場合は菌の活動が活発になるため毎日の手入れが欠かせませんが、冷蔵庫の中では菌たちもゆっくりと働いている状態なのだそうです。これなら、仕事で疲れて帰ってきた日や、うっかり忘れてしまった翌日でも、気にしすぎる必要はありません。そんなふうに気楽に続けているうちに、野菜を漬け始めてから無事に1週間が経ちました。

基本のかき混ぜ方、ぬか床の「天地返し」

かき混ぜる頻度が少なくて良いとはいえ、混ぜる時にはちょっとしたコツがあります。ただなんとなくグルグルとかき回すのではなく、「天地返し」を意識します。底の方にあるぬかを表面に持ち上げ、逆に表面にあったぬかを底へと送り込むイメージです。

ぬか床の中には、空気を好む菌(主に表面にいます)と、空気を嫌う菌(底の方にいます)が同居しています。この「天地返し」を行うことで、彼らの居場所を入れ替え、特定の菌が増えすぎるのを防ぎ、バランスを保つことができるのです。

私のようにジッパー付きの袋で漬けている場合は、袋の口を閉じたまま、外側から底と上を入れ替えるように揉んであげるだけで良いそうです。これなら手も汚れず、洗い物も出ないので助かりますね。

冷たいぬか床には「スパチュラ」が正解でした

袋の外から揉めば良い。頭では分かっているのですが、私はどうも不器用なようです。袋の上からだと中の野菜の行方が分からなくなったり、うまく底のぬかが混ざらなかったりして、結局は袋を開けて手を入れることもしばしば。

野菜は1、2日で食べ切る分を漬けているので、取り出す時や漬ける前に天地返しをしています。最初は、使い切りのポリエチレン手袋をしていました。でも、冷蔵庫の中で冷え切ったぬか床は、想像以上に冷たいのです。冬場の水仕事のように、指先から体温が奪われていく感覚。

「これは地味にツライかも・・・」

そう感じた私がたどり着いた救世主が、シリコン製のスパチュラ でした。お菓子作りや料理で使う、あのヘラです。これを使って、底からくるりとぬかを持ち上げ、適度に混ざったら、上から優しく押さえつけるように空気を抜く。

シリコン製なのでぬかが付きにくく、最後はスパチュラについたぬかを袋の中のぬか床にペタペタと戻すか、袋の縁でそっとこそげ落とせばムダもほとんど出ません。道具ひとつで、億劫だった作業がこんなにもスムーズになるなんて。形から入ることも、時には大切ですね。なにより、手が冷たくないのが最高です。

私は野菜を皮ごと漬けて、ぬか漬けはそのまま水洗いをせずにいただくのですが、糠を落とすときも、スパチュラのまっすぐな縁で野菜をなぞればスッときれいに落とせます。指にもスパチュラにもぬかが付きにくいのでおすすめです。

長期留守にする時のぬか床管理

「旅行に行きたいけど、ぬか床が心配」という悩みも、冷蔵庫で育てるぬか床ならそれほど神経質にならなくても大丈夫そうです。今では出張に出ることもなくなりましたが、帰省や旅行などで家を数日間空けなければいけない時がいずれやってきます。備えあれば憂いなし。あらかじめ知っておくことで、安心して出掛けることができます。

・10日程度の留守なら「冷蔵」

留守の期間が10日程度なら、野菜をすべて取り出し、いつものようにしっかり空気を抜いて冷蔵庫へ入れます。チルドルームがあるなら、より温度が低いそちらがおすすめ。帰宅したら一度「天地返し」をして乳酸菌を起こし、翌日以降から野菜を漬け始めましょう。

・1ヶ月以上の長期なら「冷凍」

それ以上長く留守にするなら、冷蔵庫ではなく「冷凍庫」で冬眠してもらいましょう。なんと半年ほど保つことができるそうです。再び漬け始める時は、冷蔵庫で自然解凍させてから、天地返しを数日繰り返して菌を活性化させてから、野菜を漬け始めます。

どちらの場合もポイントは、しっかり空気を抜くこと。少し心配であれば、塩を足して塩分濃度を高めてから保存すると、雑菌の繁殖を抑えてくれるので、より安心です。

忘れていた野菜は、美味しい「古漬け」として楽しむ

うっかり野菜を漬けたまま忘れてしまったり、食べるタイミングを逃してしまったりすることもありますよね。恐る恐る袋を開けてみて、もしカビなどが生えておらず、ただ酸っぱい匂いが強くなっているだけであれば、それは立派な「古漬け」です。

塩辛くて酸っぱい古漬けは、そのまま食べるには少し個性が強すぎるかもしれません。そんな時は、細かく刻んで料理のアクセントにするのがおすすめです。

たとえば私の実家のように「にんにく醤油」で日本酒のあてに。もちろん白い炊き立てのご飯にもよく合います。私は熱いお茶や出汁をかけて「お茶漬け」にしています。酸味と塩気が良い塩梅に和らいで、サラサラといただけます。また、お味噌汁の具材として入れるのも、私のお気に入りです。味噌のコクと合わさって、いつものお味噌汁がぐっと奥深い味わいになります。炒飯の具材として、高菜の代わりに混ぜ込むのも美味しいですよ。チャーハンの場合はとくに白菜の古漬けがおすすめです。

「これは本格的な古漬けだ」と思えば、料理の幅もぐんと広がっていきそうです。

ちいさな相棒との気楽な関係

ぬか床は、手間がかかるようでいて、じつはとても寛容なのかもしれません。冷蔵庫の中で育てるスタイルなら、完璧じゃなくても、ちゃんと応えてくれる懐の深さがあります。

生き物のように気まぐれなところもあるけれど、こちらの都合もちゃんと受け止めてくれる。まるで、ちいさな相棒のような存在です。毎日混ぜなくても大丈夫。長く家を空けても大丈夫。忘れてしまった野菜さえ、美味しい古漬けとして返してくれる。 そんな柔らかい関係だからこそ、無理なく気楽に続けられるのだと思います。

冷蔵庫の片隅で、今日も静かに息づいているぬか床。 その小さな世界を覗いてみると、暮らしが少しだけ豊かになる気がしています。